私が過眠症であると診断されたのは2010年のことであった。なぜ診断に至ったのか。まず2010年に私が鬱状態で入院したことから始まる。



西八王子病院での入院生活は、規則正しいものであった。朝6時30分起床、7時から朝食。


私は、この時間帯にきちんと起きれたことはない。そしてそれが病的であるとわかったのは、入院して他の患者の睡眠リズムを見てだった。つまり他の患者はきちんと前日に睡眠を取れば、難なく午前6時半には起きることができる。しかし私は、いくら前日に睡眠を取っても午前6時半にすんなりと起きることができないのだった。


朝6時半になると起床兼部屋の掃除のおばさんたちが入ってくるので、おちおち寝ていられない。だが他の人は眠いといいながらもそれなりに起きている。そして、他の人の生活パターンを見ていると、私だけが、昼夜構わず眠くて、実際にベッドで寝ているのであった。そこで私は気づいた。「そうか、この眠気は普通じゃないんだ!」


その当時、わたしが 知っていた過度に眠くなる病気と言えば「ナルコレプシー」であった。私は、ある程度医学的知識を持っているので、「ナルコレプシー」という単語を知っていたが読者のみなさんはそうではないかもしれない。


「ナルコレプシー」もまた日中眠くなる病気なのだが、「情動脱力発作」と言って、感情が高ぶった時に力が抜ける症状が起きるのが特徴である。また数も確定診断を受けた患者数は2009年現在で2000人しかいない。日本での有病率は0.16%であり、潜在的には約16万人の患者が存在することになる。この確定患者数は、現在はもっと増えているだろう。


それに対して、私が診断された「特発性過眠症」はナルコレプシーの10分の1の患者数と言われているので、潜在的な患者数は薬1万6千人であり、希少疾患である。


だから、私がいくら訴えても、医療関係医者たちは、私を「ナルコレプシー」ではないと言い張るし、その他の過眠症についても全く無知なのだ。


そこで私は、担当医の高橋先生に診察の時間に相談してみることにした。とにかく日中眠くて、病的であり、専門医を紹介して欲しいという旨のことを伝えた。


検査結果がでるのは、2週間後と言われていた。それまで私は、これで病気のすべての謎が解けるとワクワクしていた。しかし2週間は長い。私はその当時、音楽家になりたいと思っていたので、朝は寝て、昼は病院のシャトルバスで自宅のアパートまで戻って作曲をし、夕方の決まった時間にまたシャトルバスで病棟に帰ってくるという生活を続けていた。


そしていよいよ確定診断の結果がでる時が来た。私は診察室に呼ばれ、私の病名が「特発性過眠症」であると、診断書とともに告げられた。


10月中旬にその検査結果がでて、10月31日で西八王子病院精神科病棟での入院は終了した。私が本格的にこの「特発性過眠症」の治療を行うことになったのは、退院11月からである。つまり冒頭で言ったように、2010年11月から私の過眠症に関する治療が始まった。かれこれ7年前のことである(2017年現在)


特発性過眠症の治療にはモディオダールという覚醒促進薬を使う。これは元々、ナルコレプシーの治療薬である。ナルコレプシーはオレキシン神経系の崩壊によって起こるとの仮設が立てられている。免疫系疾患であるとも言われている。それに対して、特発性過眠症は、ノルアドレナリン、アドレナリン神経系の崩壊、GABA神経系の亢進(眠くなる作用がある)が報告されているが、ナルコレプシー程、有力な仮説にはいなっていない。


過眠症へのモディオダールの治療は、、実は対処療法である。これはナルコレプシーにも言える。崩壊している神経系を修復する作用はなく、神経を刺激して、覚醒させるというのがその作用である。


私の記録は2013年(平成25年)から書かれているので、2010年11月~2012年までの情報がない。ただし、その間は、モディオダールとエビリファイで対応していたように思う。モディオダールはマイルドな薬である。しかし300mgまでしか上限がない。なかなか思うようには行っていなかった。エビリファイは非定型抗精神病薬であり、3mgなどの少量を投与すると脳に賦活作用を与える。しかし、エビリファイは、じっとしていられない、そわそわするといったアカシジアの副作用が出ており、これもなかなか使いづらかった。しかし、抗うつ作用があるので、鬱になった時に助かった経験はある。


この頃は、午前5時くらいに起きて、モディオダールとエビリファイを飲み、午後過ぎまで作曲をし、その後はアカシジアが出るのと、眠気が襲ってくるので、ベットで横になるという生活が続いていた。つまり、生活の質はなかなか向上しきれていないというのが実態であった。


そのような生活を2年余りしたのち、平成25年(2013年)5月に、私は担当の中島先生に書面で、今の治療法では埒が明かないという旨のことを伝えた。その結果、精神刺激薬であるベタナミン50mgが追加された。それからは、精神刺激薬のベタナミンと覚醒促進薬のモディオダールの2本柱で治療を行うことになった。


とはいえベタナミンを追加してもなお眠いという状態がしばらく続いた。50mgは100mgとなり、150mgとなり、いつしか規定量をオーバーしていた。モディオダールも同様である。業を煮やした私は、先生にうまくいっていない旨を伝えた。その後、精神刺激薬のリタリン、及びリタリンの徐放剤でADHDの治療薬であるコンサータ18mgを追加してもらった。普通はこれだけ出されていれば、過眠症の眠気をコントロールできるものなのだが、私の場合は違った。どんどん薬の量を多くしても、日中の眠気は取れないし、病状のコントロールも出来ないままだった。


こうして平成25年(2013年)~平成26年(2014年)にかけて、精神刺激薬の量はどんどん増していき、遂にはそれぞれの薬のMAXをオーバーする状態が定常化してきた。そんな中で起こったのが、二度目のてんかん発作である(一度目は電車の中で)。